「悪と全体主義」(仲正昌樹」

 ハンナ・アーレントナチスによるユダヤ人大量虐殺の問題に取り組んだことで有名であるが、そんなアーレントの著作から「悪と全体主義」を唱える展開は、擬似宗教的世界観に呑み込まれない思考法の重要性を考える上でも非常に勉強になる一冊である。

 アイヒマン裁判とアーレントの問題意識。アイヒマンユダヤ人を強制収容所絶滅収容所に移送し管理する部門で実務を取り仕切っていたナチス親衛隊の中佐。イスラエルでの裁判で、アーレントが語ったアイヒマンの人物像は「どこにでもいそうなごく普通の人間」。これには、大量のユダヤ人を死に追いやった人物をどうして擁護するのかと非難されたようであるが、アイヒマンが忠実に命令や法に従ったことを信念を持って論じているアーレントの凄さであろう。

 「分かりやすさ」という陥穽(かんせい)。現代に置き換えると、インターネット上には様々な意見や主張が飛び交っており、検索すれば多様な意見や考え方に触れることができると思うかもしれない。実際には自分と同じような意見、自分が安心できる意見ばかりを取り出して、安心して終わっていることが多いのではないだろうか。

 「分かりやすさ」に慣れてしまうと、思考が鈍化し、複雑な現実を複雑なまま捉えることができなくなる。いかなる状況においても「分かりやすさ」の罠にはまってはならない。私たちにできるのは、この「分かりにくい」メッセージを反芻しつづけることではないだろうか。